新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。Asaoka Instituteでは、今年もブログを主な媒体として、国際情勢や地政学について情報を発信していきたいと思います。お時間のある際に、目を通していただければ嬉しいです。
2022年は、ウクライナ情勢を始めとして地政学リスクが表面化した一年でした。今年もそのトレンドが続くことは間違いありません。前回のブログの投稿では、アメリカのネットワークについて書きましたが、今年も一段とその結束にエネルギーが注がれるでしょう。波乱な時代だからこそ、似た価値観や基準を持つ国家間で協力する方が安定した経済を見込めるからです。天然ガスを沢山生産しているロシアから燃料を輸入したほうが一次的には安上がりかもしれませんが、今回のウクライナ侵攻のような突発的な地政学イベントが起これば大きな混乱を招いてしまいます。そのような地政学リスクを抑え込むために、アメリカ政府は「フレンドショアリング」を進めています。フレンドショアリングとは、オンショアリング(国内で事業を展開すること)とオフショアリング(国外を拠点に事業委託すること)の中間と言うべき構想です。フレンド(同盟国・友好国)と経済関係を強化し、原材料・部品の調達から販売に至るまでのサプライチェーンを構築しようと言うコンセプトです。今回の投稿では、このフレンドショアリングが米中関係にどのようなインパクトを与え、今後いかなる展開が予想されるかについて考えたいと思います。
そもそもフレンドショアリングという構想はいつ誕生したのでしょうか。公の場でこの構想について初めて言及したのは、アメリカのイエレン財務長官です。2022年4月13日に開催された米シンクタンクのアトランティック・カウンシルが主催するイベントでイエレン氏は、フレンドショアリングとは価値観や基準を共有して信頼を置く国々とサプライチェーンを構築することだと話しています。そうすることによってアメリカだけでなく、同盟国・友好国の地政学リスクを軽減することができるとしています。「価値観や基準を共有する国々」とサプライチェーンを構築することは何も新しいことではありません。例えば、自由貿易協定は加盟国が自国の強みを活かした生産・製造し輸出することで、輸入国も安価にクオリティの良いものを輸入できると言う、全ての加盟国がwin-winでいられると言う考えを基に構築されています。そして、政治体制や国内情勢はバラバラでも、貿易を通じて共に経済が発展し、国際協調も強まると言う理論です。2006年にCPTPP、RCEPどちらも包括するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想が提唱されました。この構想は、APEC加盟国(日本、アメリカ、ロシア、中国を含む21か国)の参加を想定した自由貿易圏です。一方で、フレンドショアリングは地政学的なイベントを発端としているため、国家安全保障戦略の一環として考えられています。アメリカからファーウェイ製品が排除されてから米中貿易摩擦は一層激しくなり、ロシアによるウクライナ侵攻を決定打としてフレンドショアリング構想が発表されました。フレンドショアリングは直接的に言えば、それに参加するフレンド(アメリカと同盟国・友好国)は中国とロシアを自国のサプライチェーンから排除することを目的とした構想です。結果として、今後、アメリカを中心としたグループと中国とロシアを中心としたグループの経済のブロック化が鮮明化すると予想されます。
今、フレンドショアリングとして大きく注目されているのが半導体です。台湾に本社と生産拠点を置く半導体チップの製造企業(ファウンドリ)のTSMCはアメリカ、日本に工場を建設することを決定し、現在ドイツでの工場の建設を検討しています。まずは2024年にアメリカのアリゾナ州に建設される工場で4nm(ナノメートル)の半導体を作り、同州で2026年に建設される工場で3nm作ると発表しています。3nmの高性能半導体を作る技術は、現時点では韓国のサムスンとTSMCの二社のみが保有していますが、ファウンドリ企業としての生産量はTSMCが圧倒的に独占しています。従って、アメリカとそのフレンドは、リスクの分散の意味合いも含めて、拠点を台湾以外にも作るように交渉しています。習近平国家主席による台湾統一への野心が強まる中、台湾有事のシナリオも加味した上での選択と考えられます。TSMCの高性能半導体は家電、日用品の軽量化、高性能化だけでなく、通信技術、軍事面でも大きな意味合いを持ちます。そして、私は、アメリカのフレンドショアリングはここに来て、次の段階に突入したと見ています。2022年12月にアメリカが日本とオランダに半導体製造装置の輸出について規制を強化するように要請しました。先ほど述べたように、フレンドショアリングは同盟国・友好国の間で強靭なサプライチェーンを作る意図と標的(中国、ロシア)を排除する意図の二つの側面も持っています。中国は、昨年12月にアメリカの半導体輸出規制を巡り世界貿易機関(WTO)に提訴しています。自由貿易を促進する国際機関であるWTOに、アメリカが不公平な貿易政策を取っていると抗議したのです。これに対して、アメリカは、「WTOは安全保障の政策を論じる場ではない」と反応しています。先ほど述べたように、アメリカにとって半導体を巡る政策は、貿易問題ではなく、国家の安全保障問題なのです。
2023年、アメリカは更に同盟国・友好国との間でのサプライチェーン構築を進めるでしょう。そして、中国はこの試みに対する反発を強めるでしょう。半導体の製造に関しては、今のところTSMCの技術を拡散できたアメリカが有利に見られますが、半導体の素材になるレアアースの採掘と技術の面では中国が圧倒的に有利な立場にいます。米地質調査所の調査によると、2021年の中国のレアアースの生産量は世界の60%を占めています。アメリカとオーストラリアの生産量を合わせても23%です。そして、レアアースの精錬所の85%が中国にあります。レアアースを中間財や製品として使えるようにするには、精錬は不可欠なプロセスです。従って、世界中が中国のレアアースの生産能力に頼っているのが現状です。もし中国がアメリカのようにフレンドショアリングを始めたら、世界中の半導体製造事業は大きな打撃を受けることになります。2010年に尖閣問題で対抗措置として中国によるレアアースの輸出規制を経験した日本がそのを深刻度を一番よく理解しています。そのような状況にならないように、アメリカを中心としたフレンドショアリングの一環として、レアアースを多く埋蔵しているオーストラリアを中心に生産量を増やす計画が進んでいますが、これまで中国に大きく頼っていたためにまだまだ時間がかかりそうです。フレンドショアリングは、対中国への政策として一見勇ましく見えるかもしれませんが、サプライチェーンの全体を包括して行えるものではありません。
フレンドショアリングの主な例として半導体を挙げましたが、範囲はそれ以外の物資にも及びます。日本の経済安保促進法で特定重要物資とされている蓄電池、工作機械・産業ロボット、航空機部品・素材、抗菌薬等の項目が国家安全保障を名目に自由に貿易することが難しくなってくるでしょう。私は、このフレンドショアリングがいずれ大きな経済のブロック化を作りあげることを危惧しています。お互いに対抗措置を繰り返していくうちに、デカップリングが進む懸念を持っています。経済的な打撃はアメリカ、中国だけでなく、それぞれの同盟国・友好国、そして自由貿易で最も恩恵を受ける発展途上国の経済も停滞を余儀なくされる事態となってしまいます。貿易、経済を監視することは安全保障上必要なことですが、それがエスカレートし、グローバル規模で経済成長を停滞させては元も子もありません。それを阻止するためには大国同士の対話が不可欠ですが、現状では、アメリカと中国の話し合いの機会が極端に減少しています。今後、中国はアメリカのフレンドショアリングへの対抗措置として、国際機関への抗議や輸出規制のような受動的な対策だけでは収まらないでしょう。中国が南アジア、中東、アフリカに巨額のインフラ投資を行い、経済関係を作り上げる一帯一路構想の計画が進んでいますが、これも中国側のフレンドショアリングとして更に進むと考えます。近年では、地理的には一帯一路構想に含まれないラテンアメリカや太平洋諸島との軍事、貿易関係も強まっています。そうすれば、ますます経済のブロック化は進むでしょう。今となっては、FTAAP構想は遠い過去のように感じます。アメリカと中国の間で経済協力について話し合う機会を作り、世界経済の成長に向けて一緒に取り組めるかどうかでグローバル化の運命が大きく左右されるでしょう。