台湾は、コロナ禍で国際社会での存在価値を格段に高めました。面積は九州よりも少し小さく、人口は約2,300万人の台湾は現在14か国の国としか外交関係を結んでいません。そのような状況にも関わらず、自分の立ち位置を確固たるものとして築き上げているのは、米中対立の外部環境、強かな政治的な判断、半導体製造の最先端の技術にあります。前回のブログでも述べたように、アメリカは今、サプライチェーンの再構築、特に半導体の供給網において、台湾が持つ半導体製造の最先端技術は不可欠だと考えています。それは中国も同じ認識なので、アメリカとしては、なるべく台湾を優遇して、自国に有利な関係を築く為にあらゆる政治的、軍事的、経済的な手段を用いています。今回は、アメリカによる台湾へのコミットメントについてお話ししたいと思います。
Merriam-Websterの辞典によると、コミットメントと言う言葉は①契約/誓約、②信頼を強める為の言動(発言、行為)の二つの意味合いがあります。まず、一つ目の契約の側面から、アメリカと台湾の関係の基礎となっている台湾関係法を見てみましょう。これは、戦後から二国間で交わされていた軍事同盟(米華相互防衛条約)に変わって、1979年に締結されたものです。二国間が軍事同盟を結んでいた時代は、アメリカ軍が台湾に常駐し、中国による台湾への侵攻があった場合、台湾の防衛のために軍事関与を誓約していました。これは、コミットメントレベルとしては最も高いものになります。日米同盟、米韓同盟、NATOと同様で、軍事同盟を結ぶことで、その国の防衛に関与する意思表明が明確な約束です。しかし、この関係は、キッシンジャー大統領補佐官(当時)が1971年7月に中国に極秘訪問したことを皮切りに変化していきます。そこから、アメリカと中国は8年近くの歳月をかけて交渉を重ね、1979年にアメリカは中国と国交を正常化します。自国との経済的な繋がりを強化し、中国とソ連の関係を引き離すプラグマティックな現実主義的決断によって、台湾はそれまでのアメリカとの同盟国としてのステータスを一方的に打ち切られてしまいます。台湾にとってこの決断はたまったものではありません。中国がアメリカと国交を樹立すれば、隣の大国は一気に成長を加速するのは台湾にも目に見えていました。アメリカも台湾のこの懸念は十分理解していたので、ここから「戦略的曖昧さ」(Strategic ambiguity)と言うアメリカによる政策が両国の関係の要になります。
「戦略的曖昧さ」は、一見コミットメントとは矛盾しますが、アメリカと中国、台湾の複雑な関係が生んだ政策です。1979年に締結した台湾関係法では、アメリカは、台湾の自衛能力の維持のために必要な装備、役務の供与を誓約しています。これは、それ以前の軍事同盟と比べると、大幅にコミットメントが縮小しています。アメリカ軍が駐在するのと自衛能力のために必要な備品を提供してもらうのでは、台湾の防衛能力は大違いです。その為、その隙をついて中国が台湾に侵攻させない為に、アメリカは中国をけん制する必要があります。このけん制は、主に中国に発信するためのものですが、同時に台湾にも向けているのです。なぜなら、アメリカは台湾が独立を宣言することを避けたいからです。台湾が独立を宣言すると、中国に侵攻の口実を与えてしまいます。中国は「一国二制度」を原則としていて、台湾が主権国家として独立を宣言することはそれに反します。その場合は、中国が武力による統一に動く可能性が一気に高まるでしょう。そのような状況をアメリカも回避しなければいけないため、長年にわたり台湾の独立について支持してきませんでした。独立の支持だけでなく、台湾有事の場合、軍事投入するかについても言及していません。そのレッドラインをはっきりさせてしまうことで、中国による侵攻、台湾による独立宣言を助長してしまうかもしれないからです。従って、アメリカは長らく戦略的に曖昧な態度を取ってきました。
しかし、ここに来てその風向きが変わってきています。バイデン大統領は2021年4月の大統領就任から四度も台湾有事の場合、アメリカ軍は台湾防衛に駆けつけると発言しています。初めてこの発言をバイデン大統領がしたときは、アメリカ政府内からも戸惑う様子も見受けられましたが、何度も繰り返しているのを見ると、今となっては米国務省、国防総省等の機関も、この方針に理解を示しているでしょう。台湾の独立に関しても、「奨励するわけではないが」と前置きはあるものの、台湾独立は「台湾が決めることだ」と歴代の大統領と異なる一歩踏み込んだ発言をしています。また、昨年8月のペロシ元下院議長による台湾訪問に続き、米議員が続々と訪問している件も、米議会でも超党派でその方針を支持している表れです。このように、これまでのように台湾有事の際の防衛や独立について発言を避けてきたスタンスと政府の見解が変わってきています。
なぜこのタイミングで、アメリカは対台湾政策を少しずつ変更しているのでしょうか。私は、これには大きく二つ理由があると思っています。一つ目は、台湾の位置づけがアメリカだけでなく、国際社会全体にとって重要度が増したことです。これは主に台湾積体電路製造(TSMC)の功績と言っても過言でありません。二点目は、主に軍人、研究者から数年以内に、中国による台湾侵攻のシナリオが現実味を帯びてきたと言う分析が以前よりも広まってきているからです。2021年3月に、デイビッドソン海軍大将(当時)が習総書記の三期目任期終了の年である2027年に中国が台湾侵攻はあり得る、と発言して注目を集めました。直近では、今年1月に航空機動司令部のミニハン司令官が政府内のメモで、台湾有事が2025年に起こると予測して準備を急ぐよう指示しています。また、アメリカのシンクタンクのCSISが今月発表したウォーゲームによると、24回行った台湾有事のシミュレーションのほとんどが中国は台湾を征服できないと言う結果が出ました。ただしその要件として、アメリカの軍事介入が挙げられています。裏返すと、中国が台湾に侵攻した際、アメリカ軍が介入しなければ、台湾が征服されてしまうかもしれないと言うことです。
私は、アメリカによる台湾へのコミットメントレベルの強化は、この辺りで一旦落ち着くだろうと見ています。従来のアメリカの方針と比べると間違いなく曖昧さは薄くなり、これからも防衛装備品の供与、政府高官による発言・訪問、同盟国・協力国との関係構築は強まると予想されますが、全面的な台湾独立の支持や新たな同盟の締結は考えにくいでしょう。なぜなら、デカップリングが進む中でも、中国と関係を修復する余地も残しておかなければいけないからです。台湾の重要性は高まっても、あくまでも国交があるのは中国です。中国は、世界第二位の経済大国ですし、あまり突き放すと中ロ関係が近くなり過ぎてしまうかもしれない。そういう意味で、これまでの一つの中国政策と言う基本的なスタンスは崩さないでしょう。先述の、軍人、研究者から数年以内で中国が台湾に侵攻する可能性が高まっていると言う分析についてですが、軍部は最悪のシナリオを想定して戦略を立てる組織です。なぜなら軍部の失敗は国民の人命に関わり、国の存続にも影響するからです。最悪な「もしも」を想定して軍事戦略を練ることは当然のことなので、軍人が一つ発言したからそれがアメリカ政府の主流の意見と言う訳ではありません。政策決定者は各分野の専門家による意見を取りまとめて、総合的な判断を下します。シビリアンコントロールがしっかり機能しているからこそ、軍部もその役割をしっかり果たすことが出来るのです。
そのうえ、私は短期・中期的タイムラインで中国が台湾侵攻することは現実的ではないと考えています。中国経済が低迷して、中国共産党の支持率が下がった時に、その処方箋としてナショナリズムを高揚させるために中国は台湾有事を起こすだろう、という議論をよく目にします。私は、この議論に納得ができません。仮に、台湾侵攻によって中国の一部のナショナリストの間で、共産党の支持率が上がるとしましょう。しかし、すぐに中国は国際社会から今のロシアが経験している以上の経済制裁を受けることは明白です。これにより、世界経済の成長も鈍化するでしょうが、ウクライナ侵攻を受けて西側諸国がロシアから天然資源の輸入をストップしても機能しているように、世界経済は動き続けます。そうすれば、中国の経済は一気に下落し、なぜ台湾に侵攻したと中国共産党は国民の批判の的になるでしょう。そこまで打撃を受けた中国は直ちに復活することは難しいので、長期的な経済の停滞を味わなければいけません。これでは、中国共産党にとっても身も蓋もありません。 では、逆にどのようなシナリオであれば、中国による台湾侵攻が考えられるでしょうか。それは、まずアメリカ、台湾、日本、韓国、オーストラリア、ASEAN諸国の足並みが不揃いになった時に台湾が独立宣言した時です。例えば、トランプ元大統領のような自国第一主義者がアメリカの大統領になり、アジア太平洋地域の同盟国・友好国へのコミットメントを弱め、同盟国同士の関係も悪化し、その状況に焦った台湾がアメリカや隣国の気を引こうと独立を宣言するシナリオです。しかし、台湾がそのような分が悪い状況で無暗に独立を宣言するとは到底思えません。なぜなら、台湾自身が、アメリカの軍事介入が確実でない中で独立宣言することは自滅行為だということを一番理解しているからです。ただ、このシナリオで最も想定できるのは、アメリカのコミットメントが弱まることです。大いに分断したアメリカは、いかなる方針を打ち出してもおかしくありません。アメリカが台湾防衛のコミットメントを弱めた時に抑止を持続させるためには、他の国々がコミットメントを強めなければなりません。日本、韓国、オーストラリア、ASEAN諸国が揃ってもアメリカの軍事力には到底及びませんが、外交、経済面で台湾を支援することは大いに可能です。国際関係に「絶対」はありません。出来るのは、最悪シナリオを回避するための日々の積み重ねのみです。それだけに継続したコミットメントは安定を維持するために必要不可欠なのです。