最近、「グローバルサウス」と言う言葉が注目されています。言葉自体は以前から存在していましたが、外交、安全保障に関する国際会議等で、各国の首脳、政策決定者が口にすることが増えています。そもそもグローバルサウスとは、どのような概念で、どの国のことを指し、なぜ今再注目されているのでしょうか。定義については、バージニア大学のGlobal South Studiesが、三つの点を挙げています。一つ目の定義は、現代の資本主義のグローバル化によって負の影響を受ける、国家、地域、個人。二つ目は発展した国、地域の中にいる経済的に弱い立場にいる個人。三つ目は資本主義のグローバル化によって負の影響を受けた国家の集合体/コミュニティと説明しています。若干回りくどい定義づけですが、要するに、経済的に発展していない国・地域・個人、または似た状況の国同士の集合体のことを指しています。定義の中に、地域と個人も含まれていますが、国際関係・地政学において、主要アクターは国家なので、今回は国に注目します。それでは、次に、どの国がこのグローバルサウスに当てはまるのでしょうか。これは、専門家の間でも様々な意見が存在し、一概には言えないのですが、ざっくり言えば発展途上国と言うことになります。IMFが発表するリストを見ると、発展途上国の部類に入る国多くが、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、中東地域にあります。では、グローバルサウスと発展途上国の違いは何だ、と言う話になりますが、そこは前述の定義にも出てくる「現代の資本主義のグローバル化によって負の影響を受ける」と言う部分です。発展途上国と言うカテゴリーは単純にその経済成長の水準を表している訳ですが、グローバルサウスとは、現代のグローバル化した国際社会のシステムの中での「立場」のことを指しています。
もう一つの質問の、なぜ今再注目されているか、と言う点についても考えてみたいと思います。冒頭にも述べましたが、グローバルサウスは特に新しい概念ではありません。その前身とも言うべき「第三世界」と言う概念は、冷戦の中、西側、東側諸国のどちらにも所属しない貧しい国々と言う意味合いを持っていました。この第三世界に属する国は、冷戦の中、自分たちも国際社会で影響力を持つために非同盟運動として結束します。この集合体を作るためにリーダーシップをとったのがインドです。なぜ、この話を今しているかと言うと、グローバルサウスが今再注目されている理由は、この非同盟運動に非常によく似ているからです。今の国際情勢が新冷戦か否かについて議論の余地があるとしても、国際社会がブロック化している現状は当時と似ています。そして、非同盟運動同様、グローバルサウスの多くの国が中立的な立場を維持したいと考えています。2022年3月に国連総会で、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、ロシア非難決議案の採択が取られました。ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5か国が決議案に反対したのは予想できましたが、35か国もが棄権したことに個人的に驚いたのを今でも覚えています。そして、採択に棄権した国々の多くは、発展途上国で、グローバルサウスの部類に入る国々でした。ロシアが他国の主権を明確に侵害した状況でも、これらの国は中立的な立場を表明したのです。あれから一年が経過しましたが、現在開催中のG20で、ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明の文言について足並みが揃わないと報道がされています(主催国のインドが今のウクライナの状況を「戦争」と言い切りたくない)。それほど、グローバルサウスにとって、国際情勢が分断される中、中立的な立場を維持することは重要なのです。
非同盟運動もグローバルサウスもインドが主要プレイヤーとして取り上げられるのは、何も偶然ではありません。非同盟運動はインドがイギリスの植民地から解放され、当時のネルー首相のリーダーシップの下、独立国として再出発するインドに世界中が注目している時に打ち出した方針です。そして、現在、中国の経済が伸び悩む中、インドは次の経済パワーハウスとして注目度が上がっています。アメリカは、インドが急速な経済発展を遂げ、国際社会により影響力を持つ前に、中立的な立場からもっと近しい関係を築きたいと考えています。しかし、インドは従来の非同盟の理念から脱さずに慎重に振舞っています。確かに、安全保障面では、アメリカは成功を収めていると言えるでしょう。アメリカ、日本、オーストラリア、インドで形成するクアッドは、アジア太平洋地域の安全保障の大きな役割を担うと見られています。まだ、立ち上がたばかりで、どのような取組みを行うかについて不透明な部分は多いですが、インドを引き寄せる大々的な取組みです。しかし、経済面では中々ロシアから切り離せれていないのが現実です。先述のG20財務相・中央銀行総裁会議のスタンスもそうですが、現にインドは値引きされたロシア産石油を購入しています。対ロシアの経済制裁にもコミットしていません。そのようにして、安全保障と経済政策を使い分けて、大国との距離感を上手く保っています。これがまさに非同盟の外交、安全保障政策によるものです。
グローバルサウスはなぜ、G20の共同声明やロシアの経済制裁の例に見受けられように、重要な局面でも中立な立場を取ることにこだわるのでしょうか。私は、①国際社会の分断の本格化、②先進国率いる国際社会への不信感、③国際問題を解決する為にグローバルサウス自身が重要な立場にいることに気づき始めていること、の3つの点が大きな理由だと考えています。一つ目の点は、冷戦時代の非同盟運動の精神と同じように、グローバルサウスは分断した国際社会だからこそ中立的な立場を維持すると言う立場を取っています。これは、過去の経験から、中立的な立場を取ることによって、アメリカ、中国、ロシアに向けて、自国の安全保障、経済において有利な交渉が進められると言う利点があるからです。二つ目は、今の国際社会のリーダーシップをとる先進国、いわゆる「グローバルノース」に対する不信感の表れだと思っています。例えば、国連気候変動会議(COP)が毎年開催される度に、発展途上国が先進国が設ける基準に対して批判をします。先進国は、温室効果ガスをとことん排出して経済発展を遂げたのにも関わらず、発展途上国の番となると排出量に制限を設けるのは不公平だという議論です。このように、発展途上国による、先進国に対するダブルスタンダードの指摘は他にも多く存在します。三つ目の点は、簡単に賛成しないことによって、外交の場で自国の立場を強めようと考えているからだと思います。発展途上国は、多くの国際問題は自分たちの協力を得ないと目標達成が難しいということを理解しています。国連もG20はあくまでも外交の舞台です。せっかくの外交カードを容易に切るようなことは、グローバルサウスに限らず、どの国もしないでしょう。
中立的な立場を保つグローバルサウスは、国際社会が抱える課題を解決するために重要なプレイヤーです。先進国は、これまで、その事実にしっかり向き合ってこなかったように思います。その結果、グローバルノースとグローバルサウスとの間の信頼関係は、良好とは言えません。パンデミック、気候変動、経済・教育格差、紛争・移民、人権等、国際社会として取り組むべき問題は山積しています。一つ一つの問題をクリアするためには、先進国はグローバルサウスから信頼を得ることが大きな一歩だと考えます。