「準」同盟国-岐路に立つ日韓関係

今年3月に12年ぶりの韓国大統領による単独来日が実現しました。日本と韓国と言う、非常に多くの点で似ている国同士の関係の改善の為に重要なイベントとして、両国で大きく取り上げられました。この機会を通して、私は、改めて日本と韓国の類似点を認識しました。どちらも中国との経済的な関係は深い一方で、米国と軍事同盟を結ぶと言う難しい立ち位置を共有しています。また、韓国は北朝鮮と休戦協定しか結んでいないので、朝鮮半島の戦争は正式な終戦を迎えておらず、韓国軍と在韓米軍の主な存在理由は北朝鮮です。日本にとっても、北朝鮮は大きな脅威です。2022年、北朝鮮は22回と過去最多の数のミサイルを発射しています。今年に入っても、その数は一向に落ち着きません。これらの類似点を持つ「準」同盟国である日本と韓国はここ数年、正常な軍事的、経済的、政治的な関係にありませんでした。その大きな問題の根底にあったのが、日本政府と韓国政府の歴史問題に対する主張の対立です。しかし、今年3月にことが大きく進展しました。韓国最高裁が過去に徴用工問題において日本企業に求めていた賠償金を韓国政府の傘下にある財団が肩代わりすると韓国政府が発表したのです。それを受けて、各方面で二国間の関係が少しずつ正常化に向かっています。なぜ尹政権は自身の政治的な資源を削ってまで、修復の道に舵切りをしたのでしょうか。そして、今後の二国間を良好に維持するためには何が必要なのでしょうか。今回は、この二点を政治、経済、防衛の視点から見ていきたいと思います。

先述したように、日本と韓国は地政学的な共通点があります。従って、結束を強くするのが双方の国家安全保障にとって有利に働く関係性にあります。しかし、なぜ、現実はより複雑なのでしょうか。それは、二国間の歴史と今の国内政治にあります。歴史観と言う点では、1910年の日本による朝鮮半島の併合から終戦までの史実について、日本と韓国の政府の見解にずれが生じています。これが多くの問題の根底にあります。領土問題、慰安婦問題、徴用工問題等の歴史問題が二国間の関係を修復できない状況を作っていました。そして、二国間の関係を決定的に悪くしたのが2018年に韓国最高裁が日本製鉄と三菱重工業が元徴用工への賠償を命じた判決です。これに対し、日本政府は、1965年の日韓国交正常化の際に交わした日韓請求権協定と無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を基に、「完全かつ最終的に解決」していると言うスタンスを取っています。企業も「過去に解決された問題」として取り合う姿勢を見せませんでした。日本政府はこの判決の対抗措置として、韓国をホワイト国(日本政府が輸出管理において優遇する国のリスト)から除外していました。また、半導体材料の輸出管理も厳格化しており、その影響は半導体不足のこの状況下で特に受けていたはずです。しかし、尹大統領が2022年3月の大統領選で勝利してから、その風向きが変わり始めました。そして、その一年後の今年3月に韓国政府は、2018年に最高裁が日本企業2社に命じた賠償を韓国政府傘下の『日帝強制動員被害者支援財団』が支払いを肩代わりすると発表しました。アメリカのシンクタンクCSISのブログ記事によると、これは何もすぐに決まったことではなく、ここ数か月の間、日本と韓国の水面下で行われていた外交の実績だと指摘しています。

なぜ尹大統領は、ここまでして日本との関係の修復に取り組んだのでしょうか。私は、これには、二つの大きな理由が存在していると考えています。一つ目は経済的な理由です。今、インフレーションによって各国の経済成長が停滞しています。韓国も例外ではありません。また、半導体不足も韓国の製造業やハイテク産業に打撃を与えています。その中で、韓国としても経済をこれ以上停滞させないために、切れるカードは切りたいと言うところが本音でしょう。その中の切り札の一つとして、日本との貿易の正常化があったとしても不思議でありません。実際、先月の尹大統領の訪日を受けて、日本は韓国に向けた輸出管理の厳格化を解除し始めています。二つ目は安全保障上の理由です。先述した通り、北朝鮮のミサイル発射が活発になってきていますし、米国と中国の関係はより悪化しています。ロシアによるウクライナ侵攻によって、民主主義対専制主義の構図が浮き彫りになっている今、韓国は同じ民主主義国との結束を表明したいと考えているはずです。日本は、G7とクアッドといった大舞台で同じメッセージを表明する機会がありました。韓国にとって、今そのメッセージを発する場として最も効果的なのが日米韓での外交の場だと私は考えています。またタイミングも重要です。今回の尹大統領の訪日の際に、岸田首相は尹大統領を今年5月に広島で行われるG7サミットに招待しました。尹大統領にとっては、G7のリーダーたちと直接会うことは、韓国を国際社会でアピールするまたとない機会です。一方で、日本政府としても、韓国との関係修復を大きな舞台で披露することにより、韓国国内の反対意見に押し切られ不仲に戻りにくくするように既成事実を作る意図もあるでしょう。ギャロップのアンケートによると、約60%の韓国の成人が韓国政府の発表した徴用工訴訟問題の解決策に反対しています。日本政府としては、せっかく動き出した関係修復が後戻りしないように周りを固めていく必要があります。尹大統領がG7に出席するかどうかで、日韓関係の次の一歩が見えてくると考えています。

日本と韓国が良好な関係を持つことは、東アジアの安全保障にとって非常に重要なことです。日韓でシャトル外交を行い、健全な貿易が行われ、軍事情報が共有されることで両国の国民も大きな恩恵を受けるでしょう。観光や文化交流は盛んに行っているのに、政治、経済、防衛となると途端に話が複雑になる関係性が不思議でありませんが、残念ながらそれがこれまでの日韓関係の特長でした。今回の尹大統領の来日が一過性のイベントで終わらない為に、何ができるでしょうか。防衛面では、先月正常化が発表された軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を基に、二国間での軍事情報の共有と韓国軍と自衛隊の連携(例えば、共同演習や韓国軍と自衛隊の人材交流)が重要になってくると考えています。GSOMIAとは、秘密軍事情報を提供し合う際、第三国への漏洩を防ぐために結ぶ協定で、これを基に、北朝鮮の軍事的な動きに関する極秘情報を日韓で共有し合えるようになります。二国間の防衛ネットワークが強固になることで、どちらかの有事の場合にもう片方が巻き込まれる確率が上がることを懸念する人がいますが、日韓共に米国の軍事力に頼っている時点で運命共同体の立場にあります。例えば、朝鮮半島で有事があった場合、米軍率いる国連軍が出動することになります。1950年に国連安保理決議に基づき米国を中心として編制された朝鮮国連軍は現在、その後方司令部を横田飛行場に所在しています。そして、国連軍地位協定の下、国連軍はキャンプ座間(神奈川県)、横須賀海軍施設(神奈川県)、佐世保海軍施設(長崎県)、横田飛行場(東京都)、嘉手納飛行場(沖縄県)、普天間飛行場(沖縄県)、ホワイトビーチ地区(沖縄県)の使用が許されています。これは平時と有事問わずにです。従って、その心配をするよりも、日本と韓国が地域の安全保障の為に協力することの方がよりプラグマティックだと私は考えています。

経済面では、日本企業が積極的に経済協力に関与するべきです。その一つの例として、日本の経団連と韓国の全経連が3月16日に共同発表した『日韓未来パートナーシップ宣言』があります。このパートナーシップの主軸は、二国間の協力の方途に関する研究、共通課題の解決に向けた事業、若手の人材交流の強化を目的とした基金の設立にあります。共同声明というだけでなく、実際に基金を設立して双方から資金を提供することで、明確な経済的コミットメントを継続できます。まだ具体的な用途や正式な個別の企業への呼びかけは始まっていませんが、民間によるイニシアティブとして大きな一歩だと言えます。このように、日韓双方で経済界が迅速に動いたところを見ると、民間企業は二国間が良好な関係にあったほうが経済的なベネフィットがあることを十分理解していることが見受けられます。日本企業がパートナーシップ基金に積極的に資金提供することで、民間レベルで良好な日韓関係を望む姿勢を大いにアピールするべきだと考えています。 そして、日本政府は今後どのようにして、良好な日韓関係を築くことができるでしょうか。これは、大きな譲歩を見せた尹政権に対して、日本政府がいかに対等なパートナーシップを構築することにコミットするか、にかかっていると私は考えています。お互いの国で二国間の関係はセンシティブなトピックです。支持率が望ましくない政治家にとっては尚更です。その中で、一年前、僅差で大統領選挙に勝利した尹大統領は限られた政治資源を使い、日本に歩み寄りを見せました。この関係を継続的に安定したものにするためには、日本政府も譲歩を見せなければいけません。岸田首相は尹大統領をG7に招待しましたが、これも尹大統領の訪日によって実現することです。シャトル外交を軌道に乗せるためには、岸田首相が訪韓して会談を行うでべきでしょう。尹政権が韓国の有権者に日本と距離を縮めることで得るメリットを示す試みの手助けを岸田首相自身が行う必要があります。そうすれば、韓国政府と日本政府の間で長期的な信頼関係を築くことができるでしょう。そして、私は日本と韓国の関係が良好になれば、いずれ中国との関係にも影響が出ると考えています。2019年12月以来日中韓サミットは実現しておらず、その間に米中関係はより一層悪化しました。日韓関係が修復したからと言って、自動的に米中関係も良好になるほど簡単ではありません。しかし、日本と韓国が協力し、日中韓サミットを舞台として中国と接点を増やすということは、安全な国際社会を作り上げていく中での一つのシナリオだと考えています。そういう意味でも、今年3月にあった一連の日韓関係の修復の兆しは国際情勢にとって重要な出来事でした。しかし、同時に、この大きな一歩を大事に繋げていかなければ、歴史は繰り返してしまいます。そのために、防衛、経済、政治の三つ巴で前進してかなければいけません。

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